くろちゃん

 2か月ほど前から近所の公園にいる野良猫ちゃんに遊んでもらっています。
人間に捨てられた或いは生まれた時からの野良ちゃんというのは警戒心がとても強く、
たいていは近づくことすらできません。
猫好きにはそういう反応は牴牾(もどか)しいのですが、それこそが彼らにとっては正しいことなのです。
世の中、善い人間ばかりではありませんから……。
そんな野良ちゃんと接するにはどうすればよいかというと、これはもう仲良くするしかありません。
とにかく自分は悪い人間ではない、危害を加えることはないと分かってもらう必要があります。
座っている野良ちゃんの斜め前で屈み、ときどき目を合わせたり、そっと手を差し出したりします。
(その際、目の高さをできるだけ合わせます)
最初は逃げるでしょうが繰り返すと相手もいい加減に慣れてくれます。
慣れたら今度はご飯を用意します。
市販の物で良いので名が通っているメーカーの製品を選びます。
浅い器に入れて置き、自分は離れます。
そうすると野良ちゃんはおそらくこちらを窺いながら器に近づくでしょう。
怖がらせないように初日はそのまま食べ終わるのを待ちます。
次回も同じようにするのですが、今度は少しだけ器に近づいてみます。
そしてその次はさらに……と繰り返すと、いつの間にか野良ちゃんとの距離は縮まります。
ここから先は野良ちゃんの性格次第で、触らせてくれる子もいれば、限りなく近づいてはくるけれども
決して触らせてくれない子、自分からすり寄ってくる子など様々です。


 さて、そうして僕は何匹かの野良ちゃんと親しくなりました。
その中の一匹に黒猫がいるのですが、この子には全く警戒心がないようです。
僕の姿を見つけるなりゆっくりと歩み寄ってきて、体を擦りつけ、次の瞬間には仰向けに寝転がります。
仰向けの姿勢には「服従」「敵意がない」等の意味があるので、この子は僕を信用しきっているのでしょう。
嬉しい反面、恐ろしくもあります。
もし害意のある人間に対してもこの子がこのような行動をとったら……。
そう思いながら見てみると、耳のあたりに傷跡のようなものが見えました。
触るとザラつく感じがしたので皮膚病の類だろうと思いました。
赤くなっていた箇所もあったので掻き毟ったことも分かります。
野良猫は家猫よりも強いのですが、病の種類によっては自然に治らないこともあります。
見つけてしまったからには無視はできません。
そもそもご飯を食べさせるという形で関わってきたのだから、病が見つかった途端に背を向けるのは人道に悖ります。
さて、そうなると獣医さんに見せる必要があるのですが、ここが問題です。
この黒猫、僕にかなり懐いていて仰向けになるどころか抱き上げても嫌がらないのですが、元々は野良ちゃん。
ケージ等の狭い場所に押し込められるのを嫌がります。
無理やり捕獲しても病院に連れて行けるか……という疑問もあります。
迷った末、患部を写真にとって獣医さんに見せることにしました。
医師によってはこうした診断を拒む方もいます。
理由は色々ですが多くは、直接診ていない患者に診断を下すことも薬を処方することもできないから、です。
ダメ元で問い合わせたのは4年前までクッキーがお世話になった獣医さんでした。
お優しい看護師さんが電話口に出られ、状況を説明すると、
「できるだけ鮮明な写真を数枚。違う角度で」
と応じてくださいました。
電話に出られたのは声から大ベテランの看護師さんと分かりました。
切り際に「4年前、愛犬がお世話になりました」と言うと、
「やはり○○さんでしたか。クッキーちゃんのことはよく覚えています」
との言葉が!
嬉しいというか悲しいというか、理由の分からない涙が出ました。
一日に何十という患者を診ているハズなのに、4年も前のことを憶えて頂いていることに感動しました。


件の黒猫。遠慮なく触らせてくれるだけに痛々しい感じがします。


 休日を利用して病院へ。
院内は何も変わっていませんでした。
診察時間終了が近かったためか患者さんは少なめ。
待合室の椅子に座ると、クッキーがこちらを見上げながら順番を待っていたのを思い出します。
久しぶりにお会いする獣医さんもあの時のままでした。
儲けなんて殆ど度外視で、動物を一番に考えてくれる先生でした。
正月早々、具合の悪くなったクッキーのために病院の裏口を開けてくれました。
お代は効果が出てからでいい、と塗り薬をくれたりもしました。
その縁が4年越しに、今度は黒猫がお世話になることになったのです。
診断の結果、おそらく疥癬だろうということで粉薬を頂きました。
匂いに敏感な野良ちゃんがフードに混ぜたこれを食べてくれればよいのですが……。