ゴールデンレトリバーによる咬殺事件

 ゴールデンレトリバーに咬まれた女児が死亡する、という事件がありました。
犬による咬殺は毎年何件か報道されていますし、その意味ではいくつかある事件のひとつでしかありません。
しかし今回の場合、文字数制限がある媒体は除き、どうしても見出しに”ゴールデンレトリバー”の文字が出てしまいます。
この記事に初めて触れた時、わんこについて多少でも程度の知識がある人は概ね、次のように思ったのではないでしょうか。
「そんなハズがない、何かの間違いだ」と。
実際、数年前までゴールデンレトリバーと同居していた僕としては、極めて考えにくい事件でした。
感覚的には年末の宝くじで3年くらい連続して一等が当たるようなものでしょうか。
この事件が事実なら、名誉のためにも犬種を伏せて報道してほしい……と至極身勝手な想いさえ抱いたのです。
しかし言うまでもなく、過去の犬の咬殺事件では犬種まで報道されています。
この一件だけを伏せて――などという事はあり得ません。

このゴールデンレトリバー、温厚で人懐こく、利口な犬種と言われています。
言われている、というより実際にそうです。
わんこと番犬をイメージする向きもありましょうが、この犬種にあってはあまりに人が好きすぎるので、
侵入者に対してさえも遊びに誘ってしまい、ほとんど警戒をしません。
そして性格にもよりますが大抵は吠えません。
温厚と言われるのはこうした理由によるものなのです。
反面、能動的で学習意欲が高く、人間側も相当な体力を要求されます。
専門書によれば一日の散歩の目安は1時間だとか。
つまり体を動かすのが好きなので散歩も大好き。
外出すると分かるや満面の笑みでこちらを見つめます。
さらに体が大きいのでよく食べます。
日本の環境では被毛もよく抜けます。
こうした性質を理解した上で受け止めるだけの覚悟、体力、愛情が必要なのです。
これは何もこの犬種に限ったことではありません。
猫であれ、鳥であれ、魚であれ、充分な理解と入念な準備、そして愛情を持って接していくのが当然なのです。

イメージということで言えば、この犬種は(人間の)子守りも得意だと言われます。
実際、その種の動画を探せばたくさん見つかるでしょう。
赤ちゃんが耳を引っ張ろうと顔を叩こうと背中に乗ろうと、ちょっと迷惑そうにしながらも我慢している姿など、
前述の評価も納得できる様子が映し出されています。
重ねて言いますが特にゴールデンレトリバーは温厚で人懐こい犬種です。
人を襲い、ましてや死に至らしめることなど極めて稀です。
しかし人間がそうであるように、仏のように穏健であっても殺傷沙汰に発展する可能性はゼロではありません。
今回の件で女児を死に至らしめたこのわんこが、どのような気持ちであったかは誰にも分かりません。
もしかしたら遊びに誘うつもりが力の加減を誤ったのかもしれません。
女児はハイハイをしていたということですから、行く先に危険なものがあり、わんこが制止するために噛んだかもしれません。
これに関し、女児が祖父母宅に預けられていたことから、焼きもちを妬いて……という意見があります。
あるいは飼い主が老夫婦であり、躾が行き届いていなかったのでは、という声もあります。
僕としては是非とも後者であって欲しい、と願うばかりです。
人間の家に迎え入れた以上、動物は躾次第でどのようにもなります。
教え込めばゴールデンレトリバーを闘犬に仕立て上げることだって不可能ではありません。

今回の件は誰にも非のない、悲しい事故だったかもしれません。
しかしニュースを見て思うのは、人間は毎年1万頭以上の犬を殺処分(処分数は年々逓減しています)しながら、
それを思い出したように取り上げるのは年に数回程度。
対して飼い犬が人間をひとり殺すと記事になる。
人間が人間社会で人間の目線で生きているのだから当然といえばそれまででしょうが……。
どうにもこの扱いの差には――表に出すべきではないのでしょうが、こう思ってしまうのです。

人間ひとりの命は1万頭の犬のそれらよりも重いのだろうか。

こう思うこと自体が傲慢であることは承知です。
そう思う一方で僕は昨日、夕食に魚を食べましたから。
結局、自分勝手なんですね、人間は。
あらゆる生物の怨嗟の声が聞こえたとしたら、世界中は昼夜を分かたず怨嗟の声で喧しくて仕方がないでしょう。
難しいことですね。