バイアスの話

 何名かで食事に行くとします。
たとえば僕が2人の女性を伴ってレストランなり料亭なりに行く場合。
メニューは何だって構いません。和洋中、好きなものを食しましょう。
(僕は中華が苦手なのでたいてい和洋のどちらかです)
ほどよく満腹度が上がってきたところで、さあお待ちかね。
嫌いな人はきつといない、誰もが欲するもの――。
そうです、デザートです!
甘いものは入るところが別なので、メインで満腹中枢が刺激されたとしても、
もうひとつの胃はスイーツがやって来るのを今や遅しと待っておるのです。
お店にもよりますが、デザートの種類や数は千差万別です。
食後のおまけ程度の品揃えから、メインに劣らぬ豊富な質量まで。
目移りするほどの品書きがある時はついときめいてしまいます。
アイスクリームにしようか、パフェにしようか、ガレットもいい、ケーキも捨てがたい……。
いっそ、全て食してやろうかという気にさえなるものです。
しかしそこは財政、協調、時間等のさまざまな制約から絞らざるを得ません。
ということでアイスクリームを4つ注文します。
バニラ、チョコレート、抹茶、柚子シャーベット。
ついでに果汁100%ジュースも付けて、いざ注文。
もちろんこの時、同席の女性方もデザートを頼んでいます。
しかしその数はせいぜい2つまで。
向けられる視線には苦笑とも呆れとも、微笑ましさとも分からないものが含まれているような気がします。
たいていデザートは注文した分を一度に運んできてくれます。
さて、ここからなのです。
以下、やりとり。

『バニラアイスをご注文のお客様は?』
「こちらの女性に」
『チョコレートアイスをご注文のお客様は?』
「あちらの女性に」
『ガレットをご注文のお客様は?』
「これは僕です」
『クレームダンジュをご注文のお客様は?』
「あ、それも僕です」
『ミニチョコパフェです』
「あ、いえ、それも僕なんです」
『ワッフルセット……』
「すみません、それも、僕です……」

文字だけでは分かりづらいやもしれません。
最初に運ばれてきたデザートは女性Aの注文したものでした。
次に運ばれてきたデザートは女性Bの注文したものでした。
それ以降の品は全て僕が注文したものでした。
ここで店員の動きに注目します。
1品目は誰のものかが分からないので、テーブルに置く際に迷いが生じます。
2品目は残る2人のうちのどちらかだろうということで、両者の間で迷いが生じます。
3品目は消去法で迷いなく僕の前にやってきます。
さあ、この次!
4品目を手に取った店員は女性A、Bのどちらの前に置くかで揺れました。
つまり僕はアウトオブ眼中です。
5品目、6品目も同様です。
これはどういうことかというと、
”女性はデザートが好き=たくさん注文する。男性はそうではないから1品だけ”
というバイアス(先入観)が働いていることの証左です。
人はみな、多かれ少なかれ前提や先入観を以って事物を判断することがあります。
交差点で左右の信号が赤に変われば、前方のそれはただちに青になるに違いない。
有名大学の卒業生は犀利で仕事もそつなくこなすに違いない。
あの人はいつも時間に正確だから、今日の待ち合わせにも遅れるまい。
推理小説の語り手が犯人であるハズがない。
女性はスイーツが好きに違いない。
男性は甘いものが嫌いに違いない。
どれもこれも結果が明らかになる前に決めつけてしまっているのです。
甘いものが好きな男だっているんです。
ひとつずつしか注文しない女性を尻目に、いくつものスイートを同時に頼む男だっているんです。
本命馬に賭ければよいというものではなく、穴馬が勝利することだってあるのです。

同席した女性には「『本当に美味しそうに食べますね。幸せそうな顔してます」と言われました。
美味しいものは素直に舌鼓を打ち、幸せを感じれば隠さず、心動かされたものには素直に感動する……。
僕はそういうことを心がけていたりもするのです。