マナーと、一般常識と、慣習と、礼儀と……

 この4月に新規学卒者が数名入社しています。
僕は専門学校卒業後に少しブラブラしてから勤めだしたので、彼らの初々しさを見ても
懐古することはないのですが、輝きというか何かに希望を持っているような表情は清々しく映えます。
特に行動力があって社交性もあり、そのどちらも持ち合わせのない僕からすると、
見習うべきお手本のような存在です。
彼らはこと”正社員”という括りでいえば真っ白です。
真っ白ですから何色にも染まります。
赤くするのも青くするのも、あるいは白のまま置いておくのも、周囲の人間であり社会であり、世間であります。

 さて、そんな彼らの新人研修もほぼ終わり、改めての歓迎会が開かれました。
僕はというと研修には殆ど参加せず、”正しい言葉遣い講座”で講師役を務めた以外では接点がなかったため、
僕にとっては懇親会という位置づけでした。
場所は繁華街の居酒屋。
店に着くなり先輩社員(主に研修にあたっていた人)が新卒者の女性に耳打ちしているのが聞こえました。
『入店したら、まず社長、次に○○さん、それから××さんの順番に上着を預かるように』
当然に言われた人はその通りにします。
その後も彼は宴会中に、
『社長のグラスが空になりかけたら、何を飲みたいか訊ねて注文するように』
『大皿の食べ物は~~の順番で小皿に盛って社長から順番に渡して……』
などと指導(?)していくのであります。
実際、僕はそう囁かれた新卒者に上着をハンガーにかけてもらったし、グラスが空になった頃を見計らって
烏龍茶(僕は酒類を飲めないため)を注文してもらいました。
思うのです。
これは誰の歓迎会なのかと。
数ある会社からここを選んでくれた新卒者を歓待するのなら、既存社員が彼らに気を遣うのは当然として、
彼らがここまでする必要はないのです。
そんなことを覚えるくらいなら勘定科目のひとつでも覚えたほうが、はるかに有意義でしょう。
自分に気を遣ってくれる人が欲しくて採用したのか?
そうではないハズです。
かような研修を受けた彼らに下にも置かぬ”接待”をされた僕は、そこに一分の心地よさも感じませんでした。
抱くのは矛盾と不条理への沸々とした憤懣。
”そうせよ”と命ぜられた彼らに失礼になるので、その歓待は謹んで受けた僕ですが後日、
「少なくとも僕にはそのような気遣いは不要である」
旨をこつそりと伝えておきました。
といっても研修で叩き込まれた彼らは、変わらず上下関係の柵に抗うこともできずに、
僕への模範的な気遣いをやめないのでしょうなあ……。