算数

 ここで度々ジョックの劣悪さを語ってきました。
「体育会系」ではなく「ジョック」という言葉を好んで使うところを見れば、英邁な閲覧者は僕が彼らにどのような想いを抱いているかはご賢察いただけると思います。
いつもは呆れ、憤り、しばしば憎悪、稀に殺意すら抱くジョックの横行闊歩振りですが……。
今日という今日はそういう感情が一周して冷笑してしまいました。



車両積立というのがあります。
これは給与から会社が自動的に天引きするもので、営業など仕事で車を使う人が駐車違反による罰金を課せられる、
自損事故を起こす等によって出金する必要がある時に充てる保険のようなものです。
これがあるから社員は安心して駐車禁止や事故ができる、というものではもちろんありません。
あくまで保険です。
さて、これはあくまで積立ですので一年に一度、充当しなかった部分が返還されます。
無事故無違反なら満額です。
天引きされる点では財形に近い感じですが、こちらは当然利息などはつきません。

このような制度の元、ひとりのジョックがやって参りました。
僕より5歳も年上、妻帯者で持ち家です。
つまり少なくとも29歳の時点で結婚し、家を買ったわけですね。
まあ人の人生ですからそれはとやかく言いません。
(僕ならよほど資産を持っていない限り、その歳で持ち家など怖くて買えませんけどね)
このジョック、営業ではありません。
営業はまだ交渉の腕があったり集金もするので領収書を切ったり収入印紙を扱えたりしますが、彼は配送。
元気で丈夫で車が運転できる人です。
いやあ、頼もしい!
新型インフルエンザも気合とか根性で治してしまいそうです。
で、その彼が総務を訪ねてきました。

「車両積立なんすけど、ちょっと取り崩してほしいんすけど」

もはや言葉遣いに関しては突っ込みはいれません。
鶏みたいな頭の動かし方についてもノータッチとします。
僕は積立は埒外なので担当とそのジョックがやりとりを始めました。
一年を待たずに取り崩すことは可能です。
もちろんその後に出金する必要があり、積立が不足していたら次の給与から超過分を天引きします。
やりとりを聞いていると、彼は急にお金が必要になったとのこと。
その理由が、

『パチンコで負けたから』

飲んでいたお茶を噴き出しそうになりました。
どうもそれが奥様にバレ、用立てて欲しいらしいのです。
もうどこから突っ込めばいいのやら。
まず一番に思ったこと。、

”そういうことを恥ずかしげもなく言うなよ”

職場には僕を含めて数人がおり、静かな環境なので話し声がよく聞こえます。
ジョックだからなおさら声が通るわけです。
そもそもパチンコで負けたからって……。
そこはウソでも身内が急病で――とか言わないでしょうか。
(それで出すほうも出すほうなんですけどね……取り崩しは一応認められてるとはいえ……)
お小遣いを貰ってる小学生が欲しいゲームソフトが出たのに有り金を駄菓子につぎ込み、買えなくて親に前借りを強請る…………。
そういう様を思い浮かべてしまいました。
パチンコが趣味というのは結構だと思います。
僕もやったことありますし。
しかし限度というものがあります。
積立金の中途取り崩しは認められていますが、僕の感覚ではこれは借入です。
本来ならその時点では入ってこないお金であるわけですから。
妻帯者で家の返済もあるのに、なんでそういう無計画なお金の使い方が出来るのか……。
僕にはたぶん一生理解できないでしょう。
財務云々の話ではなく、要はこのジョックが簡単な足し算引き算ができなかったということです。
それも桁数の大きい計算ではありません。
基本は10万単位、多くて100万単位の加減の問題です。
月にいくらの収入があっていくらの支出が予定されていて――。
占い師でなくてもそれくらいの見通しは立ちます。
なぜこんな事も分からないのか、僕には分かりません。
(彼の資金繰りの中に積立金取り崩しが組み込まれていたのなら別ですが……)


呆れたらいいのか、笑ったらいいのか……。
違う意味で面白かったりするのですが……。
こういう人を雇っている会社に僕もいるのかと思うと、なんだか情けなくなります。
他所から見れば同じ会社の社員なわけですから――。
この何ともいえない虚しさは僕が潔癖だからこそ抱くのでしょうか。