ご近所物語

 嫌いなものがまたひとつ増えました。
わりと狭い地域の戸建てに住んでいます。
私道を挟んで数メートル先の向かいに問題の家があります。
(この場合、問題の家という表現にはそれこそ問題がありますが)
当該家には広汎性発達障害自閉症という言葉は敢えて遣いません)を持った人がいます。
体格の良い男性で母親と一緒に暮らしているようです。
で、まあ仕方がないことなのかも知れませんが、当家が結構な頻度で喚き散らすわけです。
始めこそ静かなもののやがて文字に起こせないような悲鳴が聞こえてくるのは、なかなかに不気味なものです。
たまたま休みだった僕は日が高いうちから眠っておりました。この齢になると日頃の疲れも簡単には取れません。
レム睡眠に入った頃、外で喧しい声が聞こえました。
すぐに目が覚めましたが、”ああ、またか”くらいに思っていた僕はすぐに治まるだろうともう一度入眠を試み……。
しかし声は段々と大きくなり、布団を被っても無視できないくらいになってきました。
流石にこれは、と窓を開けてみると自宅の前で咆哮していました。
こういった相手は適度な距離を保つ(つまりは関わらない)のが得策なのですが、
眠りを妨げられた腹立たしさもあり、庭に出た僕は、
「ちょっと静かにしてもらえませんかねえ」
と言ってしまったのです。
すると男性は激怒してこの世の終わりが来るかのような雄叫びをあげました。
そして隣家が置いていた缶ビールを拾ってこちらに投げつけてきました。
僕がエージェントスミスなら簡単に躱すことができたのでしょうが、寝起きのせいもあって避けきれず側頭部に命中。
その後もそこらにあったゴミ等を拾っては投げてくる始末。
これはまずいと僕は110番。事情を説明すると来てくれるとのこと。
お巡りさんが来る少し前に相手方の母親がやってきて、息子が投げ入れたものを片付けさせて下さいとやって来たので庭まで通します。
聞けばこれからどこかに母子で出かける最中だったとのこと。
警察が来るまで足止めすべきと思いましたが、また発狂されたらたまりません。
(相手方の身長は多分190cmくらいで体格も良く、もみ合いにでもなれば危険と感じたため)
結局、お巡りさんが到着した頃には母子共々すでに現場にはおらず、僕が状況を話すことになりました。
缶ビールが見事に命中するも怪我というほどではなく、実害としては庭のサボテン2鉢が壊される程度で済みはしましたが……。
まあしかし警察の頼りないこと。
一応記録は取るが、警察としてはこのケースではほとんど動けないとのことでした。
よくあるご近所トラブルのひとつとして括られ、アドヴァイスとしては戸締りをしっかりすること、下手に関わらないこと、次からは苦情は本人に言うのではなく警察に知らせたほうがよい、等。
基本的に民事には介入しないことは分かっていましたが、ただの口喧嘩等ではなく、暴行を加えられているのだから
それなりの処置をしてくれても……と思いましたが。
いっそ急迫不正の侵害でも受けたほうが良かったのでしょうかねえ。


 因みにこの手合いに対して僕の行動がまずかったことも理解しています。
広汎性発達障害が『想定外の事態に取り乱し、それが日常との些細な乖離であっても衝動を止められない』ことは知っていました。
色鉛筆の箱を開けたら青色が無かった、引き出しの中身の位置がいつもと違う、3時に出るハズのおやつが今日に限って出てこない。
ただこれだけのことで発狂することは知識としてあったので、僕のクレームが”日常にない”ことに当たるのは容易に想像できます。
それを承知で苦言を呈したのですから、予見できたトラブルを避けられなかった僕にも非はあるのかもしれません。
しかし予想外の出来事に弱いとはいえ、それによって予想もできない行動に出られるこちらの方がよほど怖いですよ。
一度取り乱せば力のセーブが利かない分、下手を打てばこの世に永遠の別れを告げざるを得ない可能性も出てきます。
人は生まれながらにして平等なので、そういう人を隔離せよとは言いません。
が、意思疎通が図れないために突発的な行動の危険や恐怖を感じながら、平和に生きる権利を侵害されることを甘受する気にはなれません。