「杏さや」でも「さや杏」でもどっちでもいい

残りがいつ放送されるものかと気を揉みながら過去話を観返していたところ、
なぜか杏子がやたら気になってきました。

ライバルキャラっていいですね。
なのはに対するフェイトみたいな感じの。
しかし大抵は最後まで悪に徹しきれずに途中から情が見え始め、主人公側と和解……みたいなのが大半です。
フェイトがそれで彼女は悪意があってなのはと対立していたわけではないので、徹底的に痛めつけようとか本気で殺してしまおうとか、
そういう”完全な敵”ではないわけですね。
佐倉杏子もそういうキャラのようです。
初登場時は好戦的でさやかを倒して縄張りを広げる悪者役のように見えましたが、路地裏での戦いの時点で既にその印象からは
外れた人物ではないかと思いました。

まず5話での初バトルですが、「使い魔は放置すべき」「正義や人助けはくだらない」旨の発言をしてさやかを退かせています。
これは相手を圧倒するアクションでもありますが、同時に契約済みのさやかと一般人であるまどかとの距離を空けるためでもありました。

結果、杏子はまどかが巻き込まれないように結界を張ることに成功。
つまりどちらから仕掛けるにしても、いざ戦いになってから結界を用意しようとしてもそれが間に合わず、まどかが怪我をしてしまう
可能性を排除したということですね。
使い魔を放置する、ということは4、5人食べて魔女になるまで待つという意味なのですが、ここでまどか1人を庇うような人間に
果たしてそれができるでしょうか?
で、実際の戦いは経験の差で杏子が圧勝という展開になります。
一見すると杏子の襲来にさやか敗北、という流れに感じられるのですが先に攻撃をしかけたのはさやかなんですね。

挑発に乗りやすい性格ということなのか、それとも正義感が強いから悪意を感じた敵に斬りかかったのか。
新人魔法少女なんて潰せばいいと言っていた杏子ですが、わざわざ正面から姿を現し、不意打ちをしかけるでもなく、
先にさやかに攻撃をさせた……という点は実に正々堂々としているではありませんか。
ホンモノの悪者なら姿を見せるどころか、後ろから一突きにしてさやかを害しているでしょう。
ここまで考えると「全治3か月くらいには痛めつけた」というのも気を挫くための発言だと僕は思っているのですが、
これに関しては実際、どう見てもさやかは両腕を骨折しているようなので本気だったのかも知れませんね。
ただし最後まで”さやかを殺す”という意図は無かったように思います。

※この時点では頭を冷やせ、と背を向けて立ち去ろうとします
その言動からさやかを殺す意図はなかったこと、彼女を見逃そうとしたことが分かります。

この直後にほむらが飛び入り、戦いを中断させます。

2人の位置からすると、この杏子の刺突の角度ではさやかの体を貫くことはできません。
仮にこのまま直線的に突撃をしたとすると、槍はさやかの頭上を飛び越えて背後の地面に突き刺さりそうです。


ほむらの闖入でさやかが気絶した時、杏子はすぐに結界を解除します。
もう戦う必要はないから、という判断によるものでしょう。
杏子は変身こそ解かないものの、もう誰に対しても攻撃を仕掛ける気はなく、状況からして唯一の一般人まどかにも
害が及ばないと考えたからではないでしょうか。
普通、こういう好戦的でやや粗野な感じのキャラは本能に基づいて行動しやすく細部に思慮を巡らせないのですが、
杏子はかなり頭が切れ、咄嗟の判断力にも優れているようです。


 6話でも杏子とさやかの衝突は避けられなかったわけですが、ここでの彼女の言動もいろいろと考えさせられるところがあります。
退院した恭介宅の前で何もできず引き返そうとしたさやかは、背後にいた杏子を認めます。
杏子、さやかに見つかるまで一言も喋らないんですね。
ちゃんと彼女が恭介宅に背を向けるまで待っているわけです。
ヘンに潔い性格なのか、どうも彼女は不意打ちを嫌うようです。
この後の台詞には首を傾げたくものがあります。
「たった一度の奇蹟を下らないことに使った」
「魔法は自分のためだけに使うものだ」
さやかはもう契約していて”恭介の腕を治すこと”を叶えてもらっているのですから、
杏子が今さらこう言ったところで意味がないんですね。
それをわざわざ戒めるように吐いたり、恭介の手足~と物騒な発言をしたりというのは彼女らしい挑発の仕方なのでしょう。
さやかはまんまとそれに乗り、戦う意思があることを示します。
こうなるように杏子が誘導したのは、前回ほむらの水入りで目に見える形での決着がつかなかったため、
改めて1対1で戦闘する場面を作りたかったからと考えられます。
といっても実際はどう見ても杏子の勝利でした。
ほむらが止めに入らなければ、彼女の槍はきっとさやかのすぐ傍の地面を抉っていたことでしょう。
場所を遊歩道に移した杏子が先に変身しましたが、この時も彼女は先手を打たなかったでしょう。
さやかに先に攻撃を仕掛けさせ、そこに見事な反撃を加えて沈める……という算段だったのではないでしょうか。
しかしまどか、ほむらの登場でここでも戦いはお預け。
まどかがさやかのソウルジェムを投擲したことで、彼女の体が抜け殻であることが判明。

この時の杏子の行動は、さやかの首を掴んで持ち上げるという豪快なものでした。
面白いんですよね、これ。
この所作、さやかが急に倒れたものだから生死を確かめたものと思われます。
さあ戦おうという相手の安否を確かめる必要があるでしょうか。
死んでいるならそれでいいし、そうでなくても相手が身動きひとつしない絶好の機会なわけです。
わざわざ持ち上げなくとも良かったでしょうが、頚動脈に手を宛がって生死を確認するという行為は、
むしろ相手に生きていて欲しいという気持ちの表れではないでしょうか?
本気で殺すつもりなら、「どういうことだ、こいつ死んでるじゃねえかよ」とか言う前に、
「くたばりやがったか。なんだか知らないが好都合だ」とでも吐いて不敵に笑うでしょう。
それにしても持ち上げた体をどのように下ろせば、次のシーンでさやかがこの向きに横たわるのでしょうか。

乱暴に落として……も、こうはならない気が。


 7話になると杏子のイメージががらりと変わります。
マミの死の直後から彼女はさやかを注視していたようです。
6話では「会いもしないで帰るのか? 今日一日追い掛け回したくせに」と発言したことから、
杏子も”一日さやかを追い掛け回していた”ことが分かります。
7話ではついにさやかの自宅まで突き止めています。
縄張り奪取のためのリサーチと言えばそれまででしょうが、実力差を考えればそこまで入念にする必要はなく、
別の目的(あるいは理由)があるように感じられます。
ゾンビ化した体に塞ぎ込むさやかを連れ出す杏子の行動力は、大胆で無遠慮に見えてさやかの気晴らしとして
いくらかの効果を上げています。
自分の過去を他人に話すというのは中々に勇気の要るものです。
取り留めのないものならまだしも、父親が破門されて食い扶持に困っただの、家族が自分を残して心中しただの、
本来なら身内にさえ秘匿にしたい辛辣な思い出でしょう。
それを顔を合わせて間もない、ましてや敵として刃を交えた相手にあっさりと吐露できるというのは、
それ自体が杏子の胆力であり、また怒りや憎悪を引きずらないサッパリした性格であることの証明でしょう。
ほむらともある程度の信頼関係は築いているようですが、彼女には過去話を一切していません。
なぜ杏子がさやかに柔らかく接するようになったかは明らかではありません。
同じタイミングで秘密を知って仲間意識が芽生えたともとれるし、さやかが落ち込んでいるようなので先輩として
励まそうとする老婆心が働いたともとれます。
能動的で活発なキャラという意味ではよく似ているのですが、切り替えの早い杏子に比してさやかはというと
怒りを引き摺ったり、猜疑心が強かったりと大きな違いがあります。

彼女が林檎を投げ捨てたのは、たとえ果物1個と雖も杏子から素直に物を貰いたくないという意地っ張りな面が出た、
というよりは林檎に映った自分の顔(ゾンビであり人間でない顔)が厭になって思わず投げた、とも考えられますがどうでしょうか。
ただ杏子を拒絶せず、ちゃんと着替えて教会まで付いて行ったあたり、不器用ながらも多少の柔軟さがあるようです。
頑固は頑固なのでしょうが、一度憎んだ相手の言葉は何が何でも聞き入れない! というほどの意地っ張りではありません。
さて、ここでの杏子はまさしく”先輩”というに相応しい発言をしました。
魔法少女としての先輩でもあり、人生の先輩としての説得力のある弁です。
(実際杏子の年齢は分かりませんが、まどかたちと同い年か1歳上くらいではないでしょうか)
「~私はそれを弁えてるが、あんたは今も間違え続けている」「あんたはこれ以上、後悔する人生を歩むべきじゃない」
こういう言葉がさらりと出る辺り、杏子は心底からさやかを案じているのでしょうね。
何もかも知っていて達観している様子のほむらには、彼女はこうした助言めいた発言を一切していない点を考えれば、
俗っぽい言い方になりますが『不安定なさやかを放っておけない』という気持ちになったからかもしれません。
利己主義を掲げ自分のためだけに力を使って生きると述べる割に、彼女は自分から他人の領域に踏み込み解決の道を示そうとします。
ほむらに言わせれば最も魔法少女に向いていない性質かもしれません。
杏子はこの過去を経て生き方を変えたと言っていますが、根の部分は実は変わっていないように思えます。
というのも独白時も独白後も、父親の批判を一切していないんですね。
あくまで父のやり方は正しく、間違ったのは他人の都合を考えずに願い事を叶えた自分だ、と今でも思っているということです。
父親の信念を否定も拒絶もしていない以上、利己的な生き方を貫くことはできません。
それをしようとすると父親が死ぬ直前までやってきたことを否定することになります。
助言は届きませんでしたが、彼女はどこまでもさやかに優しく接するつもりのようです。
魔女との戦いで劣勢だったさやかを助けた杏子の”手本を見せてやる”は、代わりに魔女を倒すという意味ではありますが、
その魔女が持っているGSを手に入れるつもりはなかったと見えます。
そもそも最初は高台から戦いを傍観していましたからね。
つまり無償の人助けということになるので、これはもう5話の杏子とは別人です。
この時さやかも”助けてもらった”という意識はちゃんと持っていて、しかし意固地な彼女は借りを作りたくないので、
GSを杏子に渡して引き揚げて行きます。
(この回の林檎の入手法は謎のままですが、真相はどうなのでしょう?
盗んだという意見を多く見ますが、店で陳列されている林檎はああいう紙袋に入っていないので、もしそうだとしたら
どこかで紙袋も盗まないといけないことになるのですが……)


 8話ではさほど目立ったシーンはありませんが、端々でさやかを気にかけていることが分かります。
後々を考えればさやかはほむらの手にかかっていた方が良かったかもしれません。
しかし後一歩のところで杏子に阻まれて殺害は失敗。
この時、彼女ははっきりと「あいつを助けるんじゃなかったのかよ?」と疑問を投げかけます。
ラスボスとの戦いに際して共闘関係を結んだとはいっても、この辺りの考え方はかなり対照的です。


エントロピー云々は省略。商業科の出には難易度の高すぎる内容です。


駅での最後の対面は涙をそそります。
最期の瞬間に居合わせたのが親友のまどかではなく、杏子だったというシチュエーションもさやかにとっては皮肉だったかもしれません。
頑なに杏子のアプローチを拒んできたさやかですが、なまじプライドの高い人間ならまずできないことを彼女はします。

涙を見せることです。
杏子を憎むべき敵だと捉えていたなら、決して涙は見せなかったでしょう。
泣き顔どころか弱っている自分すら曝け出すことはできません。
さやかはとうとう杏子の名前を呼ぶこともなく、彼女の再三の呼び掛けに応じることもありませんでしたが、
ここで漸くそれに応えた……ような気がします。
さやかは生き方に不器用な人物でした。
彼女が杏子ほどでなくとももう少し柔軟性があって、苦痛に対する耐性があれば最悪の事態は免れたかもしれません。
この点は2人の契約の仕方やタイミングの違いが大きいかもしれませんね。

杏子は  一度絶望を味わってから契約→家族心中で再度の絶望→割り切って生きる
さやかは 不自由なく生きてきた→契約してから絶望を味わう→破綻

生死の境を彷徨うな虐遇に陥ってから契約するのと、割と安穏な生活を送って契約してから絶望するのとでは、
人にもよるでしょうが受ける打撃には開きがあるようです。
褒められてから叱られるより、叱られてから褒められるほうが救われた気になるのに似ていますね。
こうして失意の念を強くして自暴自棄に陥ったさやかですが、追い詰められて誰にでも噛みつく攻撃的な性格ではありません。

彼女は涙を見せましたが、同時に濁りきったSGを杏子に見せました。
わざわざ見せる必要のないそれを取り出したのは彼女自身、杏子に助けを求めていたからではないでしょうか。
張り続ける意地もここまで、とばかりにさやかは全てを曝け出します。
杏子が陰惨な過去を語ったように、彼女も胸の内を吐露したわけです。
残念なことにそれが遅すぎた、ということです。


 9話では方々で言われるようにまさしく聖母の振る舞いをする杏子です。
魔女を産み出し抜け殻になったさやかをしっかりと抱えて結界から脱出します。
その後、なぜ線路を歩いているのか分かりませんが、ここでも彼女はさやか(の肉体)を優しく扱います。

淡々と現実を語るほむらに掴みかかる際、杏子は亡き骸をまどかの前に下ろします。
遊歩道で頸を掴んで持ち上げた時の杏子からは想像もつかない行動です。
ほむらに対して「こいつはさやかの親友なんだぞ」と言うのがいいですね。
早くから家族に死なれて学校にも行っていないであろう杏子が、『親友』という感覚を理解しているのかは気になるところです。
ただ路地裏での戦闘時、遊歩道でさやかのSGを投げ捨てた時のまどかの行動を杏子はしっかりと見ていた上で、
この2人が”ただの友だち”ではないと判断したのかもしれません。
なので彼女には是非とも「ウザイ仲間がいるもんだ」という発言を取り消してもらいたいものです。
杏子の優しさはホテル(?)での一幕でも読み取ることができます。

何気ないシーンですが、ベッドに横たえられたさやかは両手を胸の辺りで組んでいるんですね。
死体が動くわけがないのですから、これは杏子が組ませたということ。
こういう細かい気配りができるところが、杏子の根っこの部分の優しさです。
乱暴な言葉を使っていても好戦的な姿勢でいても、彼女は恐らく優しい少女のハズです。
どんなに悪ぶろうとも悪には成り切れないのが杏子です。

ただ片膝を立てて食べ物を貪るのはいただけません。
現実にいれば僕なら真っ先に忌避するでしょう。
日下部みさおといい佐倉杏子といい僕はどうも、”現実にいたら絶対イヤな人間”でも二次元の世界になると気になってしまうようです。
一家心中しなかったらきっと淑やかな女の子だったのだろうなあ。
淑女というには遠いのですが、この回でのまどかとのやりとりはさやかに対する口調と比較してみると面白いです。
まず呼び出し方からして大きく違います。

「ちょいと面貸しな、話がある」
「話があるんだ、ちょっと顔貸してくれる?」

結局、人を呼び出すのに「顔を貸す」以外の表現ができなかった杏子。
しかし口調は随分と異なります。
ここでは”親友を失ったまどかの心情”を察して、できるだけ柔らかい調子で話すように心掛けていると感じます。
「助けられないとしたら放っておくか?」とやや強い調子で言った後、「妙な訊き方しちゃったね」
とフォローするような口当たりに戻しました。
うまくいくかと惑うまどかに杏子は咄嗟に「分かんねーよ、そんなの」と返しますが、直後に「分かんないから、やるんだよ」と微妙に語調を変えました。
やや乱暴な口調から柔らかい言い方に置き換えたわけですね。
直接言葉を交わすのはこのシーンが初めてになるハズですが、杏子はまどかがどのような人物かを見ていて適切な話し方を択んでいます。
これがさやかや事情を知っている風のほむらなら、彼女の語勢はもう少し強くなっていたでしょう。
小さな喧嘩すら拒むようなまどかに対してだからこそ、萎縮させないよう柔らかい口調を心がけていたのだと思います。

表情もずいぶんと優しくなっています。
杏子という人物は相手の性格や立場、状況に応じてきちんと言葉を遣い分けます。
たとえば相手を呼ぶ時、彼女はたいてい「あんた」と言います。
乱暴な呼び方ではありますが、これは杏子にとっては親しみあるいは敵意のない相手に対する呼称です。
さやか、ほむら、まどかに対しては「あんた」を遣いました。
しかしほむら宅に現れたQBや、線路上で淡々と語るほむら等に対しては「てめえ」と呼びつけています。
面白いのは唯一刃を交えたさやかに対して一度も「てめえ」という言葉を遣っていないこと。
同じくまどかにも「あんた」止まりの呼びかけでした。
(敵意という意味に絞って考えれば遊歩道での一件から、彼女にとってQBは敵になったようです。
あれ以降、彼女がQBを呼ぶ時は常に「てめえ」に統一されました)

さやかを助けようとする杏子と、それを手伝いたいとするまどか。
この会話の中で杏子は『魔法少女となった初志を忘れていたが、さやかがそれを思い出させてくれた』と言いますが、これはちょっと違う気がします。
5話において無言でまどかが巻き込まれないように結界を張ったところだけ見ても、他者への優しさは捨てきれないと見えます。
”忘れていた”というより、”考えないようにしていた”と換言したほうがしっくりくるかも知れません。
『呼びかけに応えるかもしれない。それができるとしたら多分まどかだ』だと杏子は考えますが、
流れを見る限り、呼びかけて応えるとしたら杏子のほうではないでしょうか。
まどかはさやかの親友です。路地裏での戦いなど、彼女を助けるためにまどかは躊躇いながらも契約をしようとしました。
痛みを感じないという彼女の戦い方を諌め、泣き、拒絶されても対話を試みようとしました。
その行為はとても尊いことだと思います。
一方で杏子はまどかが与り知らない”さやかとの接触”を繰り返しています。
過去を打ち明けて先輩として開き直った生き方を助言しました。
ほむらに殺されそうなところを助けました。
さやかの最期の瞬間に立ち会い、その涙も見ました。
同じ契約した者同士、という大きな共通点があるのとないのとでは、さやかへの想いのやり方は大きく異なるでしょう。
まどかはあくまで親友として、杏子は似た経歴を持つ魔法少女として、状況や立場は違っても彼女を救おうとする点では同じです。
しかし最後の最後、まどかが『昨日の今日で学校に行っている』ところは理解し難いものです。
描写はありませんがおそらく彼女は、親友の亡骸が杏子の傍にあることを知っていたでしょう。
一晩中泣き明かしてもおかしくないのですが、憔悴しながらも登校できるのは胆力によるものなのか、
現実を忘れるためにいつも通りの行動に逃げて精神の安定を図っているのか……。
この作品のメインキャラは悉く救われないようなので、描写のないキャラも何かと抱えているでしょう。
すっかり聖母となった杏子は何度も何度もまどかに覚悟を問います。
”何があっても守り切る自信はない”と言ったのは彼女ですから、まどかに怪我をさせたくない杏子が訊ねるのも自然な流れです。
そこで躊躇う様子もなく肯うまどかもまた親友想い。
戦わない自分は卑怯ではないかというまどかに対し、杏子は持論でもってきちんと答えます。
ここで無視したり軽くあしらったりしないのが彼女の優しさです。
好戦的なようでしっかりと対話できるキャラです。
杏子には魔法少女を務める上での覚悟や考えがちゃんとあって、それが厳しい現実をくぐり抜けた経験を基にしているだけに、
生半可な気持ちで魔法少女になろうとする人間を嫌っていたのでしょう。
さやかと戦ったのも単純に縄張り奪取のためでなく、中途半端な正義感を振りかざしているように見えたから……ではないでしょうか。
言い方を変えれば『自分はこんなに辛い想いをして魔法少女として戦ってきたのに、楽しそうに魔法少女やってる人間を見ているとムカつく』
という感じかもしれません。
不幸な人間は幸福な他者を憎みます。怨みます。自分の不幸を嘆きます。
いかに達観して器用に生きる術を身につけた杏子と雖も、”そういう人間は許さない”として”潰す”と言います。
これが彼女の信念であれば、それに忠実に従う姿は潔いと言えましょう。
同時にさやかが”そういう人間”でないと分かった途端に手を差し伸べられるのも、また潔さです。
ここでは是非ともまどかに「じゃあさやかちゃんを狙ったのはなぜ?」と訊いてほしかったですね。
どういう表情で、どういう仕草で、どういう言い回しでそれに答えるのか。
もしかしたら戸惑う杏子が見られたかもしれません。


契約してからのさやかの変わりようはまだ納得がいくのですが、12話という短い尺のせいか
杏子の心情の変遷が十分に描写されていないのが残念です。
換言すれば想像や妄想の入る余地が多分にあるわけで、全国の職人さんやSS作家諸氏の様々な解釈が
見られるという意味では良かったのかもしれませんね。